天上天下唯我独尊の意味とは?

天上天下唯我独尊とは、「天上・天下という広い世界の中で、我々は人間にしか果たせない一つの尊い使命を持って生まれてきたのだ」「私たち一人一人が尊い存在なのだ」という意味とされています。

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由来とは?

お釈迦様が誕生した時に言ったとされる伝説がこの言葉の由来です。

現在のネパールに位置するルンビニの花園で生まれたお釈迦様は、人の助けも借りることなくすぐに七歩歩き、右手で天を、左手で地を指しながら「天上天下唯我独尊」と言ったそうです。この故事は、中国の北宋時代の僧・道原によって書かれた『景徳傳燈録』という書物にも記されています。
お釈迦様は摩耶夫人の右脇から生まれたと伝説にありますが、昔インドでは高貴な生まれの人は右腕や右脇から生まれてくると言われていました。右脇や右腕は「大切なものを抱える部分」であり、「武力の象徴」なのです。

摩耶夫人はお釈迦様が誕生する前に、白い象が胎内に入ってくる夢を見たそうです。古来より象は神聖な動物とされ、豊穣のシンボルでした。
また、生まれたばかりのお釈迦様が歩いたとされる「七歩」という歩数ですが、これにもまた意味があります。

仏教では悟りを開くまで、人間は「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人間道」「天上道」という六つの世界をさまようと言われており、これを「六道輪廻」と言います。お釈迦様は、七歩歩くことで七つ目の新しい「悟り」の世界に到達できたことを表しているのです。
ちなみに、お釈迦様は実在の人物であることが考古学的にも証明されていますが、「天上天下唯我独尊」の逸話が史実であるかどうかは疑わしいそうです。
現在の日本でも、毎年4月8日にお釈迦様の誕生を祝う「花祭り」が開かれています。ルンビニ園を模した花御堂に置かれた、天地を指した釈迦像に甘茶をかけたり、甘茶を飲んで祝います。これは、お釈迦様が誕生した時に現れた九頭の龍が甘露の雨を降らせたという伝説に因んでいます。

読み方とは?

「てんじょうてんげゆいがどくそん」または「てんじょうてんがゆいがどくそん」と読みます。

「てんげ」は呉音で、漢音の「てんが(「てんか」の連濁)」よりも古い読み方です。
ちなみに、呉音は仏教関連の言葉に多く見られます。現在は「天下」のみの場合「てんが(てんか)」と読むことが多いですが、元々は「てんげ」と読んでいました。「天上天下唯我独尊」の場合は仏教に関係が深い言葉ということもあり、呉音の「てんげ」と読む方が一般的のようです。

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意味を誤解しやすい点

「天上天下唯我独尊」は、「天上天下」は天と地、つまり宇宙を表していて、「唯我独尊」は「唯、我独り尊い」という意味になります。このことから「この世界で優れていて尊いのは自分だけだ。

だから、自分が好きなように勝手気ままに生きてもいいんだ」という「傲慢」「自己中心的」という解釈もあり、実際に辞書にもそのように書かれていることもあります。
しかし、実は本来の意味はまったく違うそうです。

「唯我独尊」という部分は「自分独りだけが尊いのだ」と誤って解釈されがちですが、「我」は釈迦本人など特定の個人のことではなく、「私たち一人ひとり」のことだそうです。人間の価値は能力や社会的地位にあるのではなく、人として生きているだけで十分尊いのだということです。そして、全人類が同じ使命を持って生まれてきた以上、皆が同じ立場で平等なのだと説いています。これは、厳しいカースト制度のあった2500年前のインドではかなり革新的な思想だったはずです。
とはいえ、宗派によっては「尊いのはお釈迦様ただ一人のことであり、我々もお釈迦様のようになれるよう精進すべきだ」という解釈をすることもあるようです。




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